歩道橋なくなる 昭和42年にこの団地が建ってからの20年以上ずっと住んでいた。 就職したり,転勤したり,結婚したり,家を出た後も20年以上実家として存在し私の故郷になっていたが、残念ながら実家が住んでいる棟が傾斜による退去棟29棟?の中の1棟になってしまい残念ながら実家も引越せざるを得なくなってしまった。 

 この数年、傾斜棟と耐震性能不足の中央商店棟住民の移転先を確保のするため新規入居を全面ストップしていたようだ。 昨年夏頃から傾斜棟を除く棟は新規募集を再開したそうだ。 ひたすら高齢化が進む一方で活気が無いなと感じていたが、最近半年ぐらいは若い夫婦や子供連れ、ガキの騒ぎ声とかが復活の

気配を見せ始めている様子で両親も喜んでいた。

 幸い両親は健在だが高齢であり階段で5階の生活も辛いだろうと、近隣に適当な物件を見つけて何年も前から引越を奨めていた。 何度か物件を購入してしまい、そこに住まわそうと兄弟で数度画策したが愛着を持って住んでいるのを引き離すのもなあ....親父も通勤で都内に通うわけでもないし....とあきらめかけていたが、傾斜による退去の奨めが公団から来たおかげで、両親も諦めて新居探しを始めた。 その頃は私の自宅は熊谷で夫婦の両親引き取る前提の家だったが当然、熊谷までは来る気がない。 やはり近隣に中古のマンションでも買ってやろうと思ったが、結局自分達で物件を購入する事にしたようだ。 なんだよ俺より金もってんじゃん(大汗)

で懐かしの故郷,武里団地もこの3月を持って外から眺めるだけになってしまう。 その前にちょっとブラブラしてみる。
 私の実家があった傾斜棟退去より先に、耐震基準問題で団地中央にある高層2棟(7街区)と中層4棟(2街区)がすでに2010.9月をもって退去を完了させ,この1月頃から撤去が始まった。

 ここはまさしく団地の中心部であり、当初は近隣唯一の商業施設だった。 春日部初の大手スーパー東武ストアもこの中にあった。 私が小学生の頃までは、団地の外からも買い物客がやって来たりで日曜の人混みで迷子案内の放送まであったような気がする。 夏休みの前の注意に「さかり場に行かないこと」みたいなのがあって、団地っ子として団地だけを世界として過ごしていた私は、「盛り場=団地の商店街」の事かな?とか解釈していた(笑)

 武里もせんげん台も駅の周りには商業施設と言うほどの物は無く(武里は今もだが)せんげん台よりは武里の方が数件の個人商店が有るというレベルの田舎駅だったが、武里団地の2万人だけでなく周辺の宅地開発も徐々に進み始め駅周辺にスーパーや商店街ができはじめた。 盛者必衰。 個人商店衰退の現代においてやはり近年はシャッター街化されつつあった。

 その商店街も撤去が始まった、取ってきた写真では商店街の外側からしか様子を伺えない。 もっと早く撮りに行くべきだった。 ボチボチ始まっている7街区の高層棟撤去の様子は生でも見てみたいなあ。            
秒読み武里団地名店街

 

  <歩道橋の断面>
さすがの公団クオリティではあるが40年前の基準。鉄筋少ないよね。 コンクリは良質なんだろうな








二街区無くなる


<二街区東側の二棟はもう無くなっていました>
ちょっと遅かった。

確か同級生が住んでいたな
乾物屋さんかなにかだったような....







こっちももう少し




  <二街区西側の2棟もサッシが外され風前の灯火>
手前の棟は向こう側は解体が始まっていました







あとわずか姿を消す名店街

<上の現場を東側から>
なんだか津波被害を想い起こさせるガレキ
見ているのがつらくなるくらいだ

奥に見えるシンボルの高層二棟も4月11日から解体
が始まるらしい。